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大阪高等裁判所 平成9年(ネ)3652号 判決 1998年4月24日

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

一  手形金請求権の発生等(請求原因)について

請求原因1ないし5の事実は当事者間に争いがない。

二  別除権の成否(抗弁)について

1  破産法九二条は、「破産財団ニ属スル財産ノ上ニ存スル特別ノ先取特権、質権又ハ抵当権ヲ有スル者ハ其ノ目的タル財産ニ付別除権ヲ有ス」と規定している。別除権者は、破産手続によらずして別除権を行使できる(同法九五条)。その反面、破産債権の行使について一定の制約を受ける。すなわち、別除権者は、別除権の行使により弁済を受けることができない債権額についてのみ破産債権を行使できる(同法九六条)。しかし、控訴人主張の抗弁(一)ないし(五)のいずれの理由によっても、被控訴人が別除権を有するものということはできない。その理由は次のとおりである。

2  控訴人は、被控訴人が本件手形の買戻請求権を有するから被控訴人は別除権者であると主張する(抗弁(一))。控訴人主張の趣旨は必ずしも明らかではないが、不動産の買戻特約付売買契約がしばしば金融と担保の作用を営むことがあるのと同様、買戻特約付の本件手形割引も、手形を担保とする貸付の実質を有するというのであろう。しかし、もしそうだとすれば、控訴人は、本件手形割引は手形の売買ではなく、手形を担保とする貸付であるとの抗弁(二)と同じことを前提としているものであるので、次の3において、併せて論ずることにする。

また、仮に、控訴人の主張が、本件手形の買戻請求権が破産法九二条所定の担保権であることをいうものであるとすれば、その主張は失当である。すなわち、買戻請求権は、被控訴人と破産会社との手形割引の際の合意に基づき、割引により被控訴人が取得した手形の買戻しを破産会社に請求する特約上の権利であって、特別の先取特権、質権、抵当権その他いかなる担保物件にも該当しない。買戻請求の結果生じる買戻代金債権にしても一般債権にすぎない。また、買戻請求権の対象も破産財団を構成する特定の財産ではなく、被控訴人所有の手形である。したがって、控訴人の主張は採用できない。

3  次に、控訴人は本件手形割引の実質は、商業担保手形貸付と同様の経済的作用を有するところの、手形を担保とした貸付であると主張する(抗弁(二))。たしかに、手形に関する金融取引が、売買の性質を有する手形割引か、それとも貸金とその担保であるかは、当事者が取引の際に用いた文言のみにとらわれることなく、取引の際の当事者の合理的意思の探求により判断すべき事実認定の問題であるといえる。そして、銀行その他の金融機関が行う手形割引は、手形割引依頼人に対し、広い意味で信用を供与するための手段として行われていることも事実である。しかし、本件信用金庫取引約定書は、旧ひな形と異なり、弁済期を定めてなされる手形貸付については、約定書五条の期限の利益喪失約款が適用されるが、手形割引についてはこれを適用せず、同約定書六条により改めて手形買戻債務を定めている。これは、手形割引を手形の売買であるとの見地に立って定められたものである。そうすると、金融機関である被控訴人信用金庫で手形割引をした以上、特段の事情がない限り、手形割引により手形の売買が成立したものと認めるのが相当である。本件全証拠によっても右特段の事情を認めるに足る的確な証拠がない。かえって、前示争いない事実と甲第一ないし一六七号証及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。すなわち、本件取引に当たっては、破産会社から被控訴人に本件手形の交付がなされただけで、それ以外に証書貸付における借用証書、手形貸付における貸付用の手形が交付された事実はない。また、本件手形が担保であることを示す担保約定書等の書面の交付もない。本件では、信用金庫が行うごとく通常の手形割引として処理されているのである。これらの事実によれば、本件取引は、前示のとおり売買の性質を有する手形割引であったと認められる。このことは、控訴人主張のように、破産会社に対する割引率が一定していたとしても変わりはない。

したがって、本件取引は手形の売買の性質を有する手形割引であり、本件手形も売買の対象そのものであって、これと別個に存在する貸付の担保であるとはいえない。そうすると、本件手形は手形割引により被控訴人に所有権が移転したものであって、破産財団を構成する財産ではない。よって、控訴人主張の担保権は存在しないものというべきであるから、控訴人の主張は失当である。

4  また、控訴人は、本件各手形の買戻請求権は、それぞれ相互に他の手形金請求権の担保の関係にあり、一つの手形について債務が完済されその所有権が破産会社に復帰しても、前示信用金庫取引契約の約定に基づき、被控訴人は依然として他の手形の買戻請求権の担保として右手形の占有を続けられると主張する(抗弁(三))。しかし、そもそも前示のとおり割引手形は、売買の目的物であって、買戻請求権の担保となっているものではない。破産会社において買戻債務を弁済すると、その手形の所有権は破産会社に復帰するのである。金融機関(銀行、信用金庫等)は手形割引依頼人が買戻債務を履行するまでに限り、手形所持人としていっさいの権利を行使することができるにすぎない(信用金庫取引約定書六条三項)。したがって、被控訴人が右完済後もなお右手形を他の債権の担保の目的に使用することはできない。なお、手形割引依頼人が信用金庫に対する預金その他の債権と信用金庫の右買戻債権が相殺され、差引計算された後、なお直ちに履行しなければならない債務について、信用金庫は手形をとめおき他の債務者に対する取立、処分ができる(信用金庫取引約定書八条四項)。しかし、これは相殺による差引計算の場合の規定であって、買戻債務を弁済した場合の規定ではない。よって、控訴人の右主張は失当であり、採用できない。

5  控訴人は、信用金庫取引契約書の条項を援用して被控訴人が別除権者であるとも主張する(抗弁(四))。しかし、前示のとおり、本件手形は手形割引という手形の売買により被控訴人所有の手形となったものであって、控訴人主張の右約定書四条四項の「被控訴人が占有する破産会社の動産、手形その他の有価証券」に該当しないことが明らかである。右条項は、取立依頼のあった手形、割引未了の手形、保護預りの手形を指すものであって、割引済みの手形をいうものではないからである。したがって、控訴人の右主張は失当であり、採用できない。

6  さらに、控訴人は、破産法二四条の規定や最高裁判例を引用し、振出人が一部弁済した場合に生じるという不合理を根拠として、被控訴人を別除権者と取り扱うべきであると主張する(抗弁(五))。しかし、控訴人引用の破産法二四条、右判例(最判昭六二・六・二民集四一巻四号七六九頁)は、数人が全部義務を負担する場合においても、ある義務者が破産したときは、債権者は一部の弁済を受けてもなお全額を破産債権として行使し得るとしたものであって、本来、債権全額について履行義務を負っている全部義務者の利益よりも、債権者の利益を優先する趣旨に出たものである。したがって、そのことから直ちに被控訴人を別除権者として扱うべき法律上の根拠とすることはできない。

7  右説示のとおり、控訴人の抗弁はいずれも採用できない。

三  結論

以上のとおり、被控訴人の本訴請求は理由があり、これを認容した原判決は相当である。よって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 小田耕治 裁判官 細見利明)

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